
新宿武蔵野館で『旅立ちのラストダンス』を観た。
この記事は、ナカデミー賞用の私的アーカイブであり、映画の評価を目的としたものではない。
『旅立ちのラストダンス』を観たあと、自分の創作活動に影響を与えたい要素と、純粋に「好き」だと感じた部分を見出すために整理している。
年齢を重ねたマイケル・ホイ
マイケル・ホイも、だいぶおじいちゃんになっていた。ミスターBOO観ていたの、小学生のころだっけ。そりゃそうだよな。おれがジジイなんだもん。
家族の話として見た部分
『旅立ちのラストダンス』は、家族のお話として観ていた。いろいろあるけれど、やはり家族はよいなと思いながら観ていた。
その中で、主人公のトウサンが、結婚していない彼女との間に子供ができたことを聞いて、乗り気でないという部分が引っかかった。家族の話として観ていた流れの中で、この反応はそのまま残った。
道教の道士と破地獄
観ていて気になったのは、道教の道士は女性ではだめなのか、という点だった。テンテンちゃんは何だったのか、台湾だからまた違うのか、という疑問も残った。
整理すると、道教そのものが「女性は道士になれない」という話ではない。『旅立ちのラストダンス』で扱われているのは、香港の葬儀儀礼、とくに「破地獄」を誰が継ぐかという問題だった。
ここでは、破地獄は伝統的に男性が行うという慣習が強く、その中に娘のマンユッが入れるのか、という話になっている。道教全体の問題というより、香港の葬儀業界、家父長制、伝統継承の問題として見た方が整理しやすい。
テンテンちゃんは、台湾の『幽幻道士』系の文脈にいる。
キョンシー映画、霊幻アクション、コメディ、民間信仰が混ざった世界のキャラクターであり、『旅立ちのラストダンス』で描かれる香港の葬儀道士の職能継承とは、同じものとして見ない方がよい。
『旅立ちのラストダンス』では、道士という存在そのものよりも、破地獄という儀式を誰が担うのか、そこに女性が入れるのか、という部分が重要だった。その点が、家族の話ともつながっていた。






