
TOHOシネマズ渋谷で『スター・ウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー』を観た。
この記事は、ナカデミー賞用の私的アーカイブであり、映画の評価を目的としたものではない。『スター・ウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー』を観たあと、自分の創作活動に影響を与えたい要素と、純粋に「好き」だと感じた部分を見出すために整理している。
時間配分のよさ
めちゃくちゃ時間配分がばっちりだった。前にも時間配分がめちゃくちゃばっちりな映画があって、それは『アイアンマン』だったのだけど、あとで本作が『アイアンマン』の監督だったと知って納得した。
長さの中で、どこを見せて、どこを引っ張り、どこで切るかがはっきりしていた。そこは自分の作品にも持ち帰りたい部分だった。
スター・ウォーズとして成立していた部分
『スター・ウォーズ』のいつもの始まり方ではなかった。光る棒を振り回すこともないし、大げさなオーケストラの音楽でもなかった。
それでも、ちゃんと『スター・ウォーズ』だった。いつもの記号を全部そろえなくても、その世界の空気は出せる。そこは大きい。
マンダロリアンの強さの扱い
マンダロリアンも完全に最強ではなく、敵にやられるときはやられる。
そこがよかった。強いキャラクターを出すときに、ずっと無敵にしない。ちゃんと危ない場面を作る。そうすることで、戦闘も人物も止まらない。
シガニー・ウィーバーの存在
シガニー・ウィーバーがSFに出てくると、やはり箔がつく。
古典的なSF映画に出ていた人が、またSFの中に出てくる。そのブランドの強さがある。『エイリアン』をそのまま言わなくても、見る側が勝手に連想する。その使い方は強い。
グローグーのビジュアル
グローグーがかわいいとよく聞くが、私は一ミリもかわいいとは思わない。ビジュアルの話である。
もちろん映画の中での仕草や動き、キャラクターとしてのかわいさはある。そこはわかる。ただ、あの顔には嫌悪感がある。人形劇っぽさも含めて、どうしても受け付けない。
ナメック星人も好きではないので、耳のデカさの問題なのかもしれない。






